梅坪 ぱちんこ

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※独第14軍団の後方部隊(10月14日)○10月12日からシャテル=シュル=モセル(エピナルの北16キロ)を拠点に後方諸部落から武器を押収する任務に就いていた部隊・普第30連隊・第9,10中隊・普予備驃騎兵第2連隊・第1,3中隊○兵站部隊の到着までラオン=レタップで後方任務に就いていた部隊・普フュージリア第34連隊・第6,7中隊・普予備驃騎兵第2連隊・第4中隊の1個小隊○輜重援護隊 バカラからランベルヴィエを経てエピナルへ・Ba第6連隊・第1大隊・Ba竜騎兵第3連隊・第1中隊 このようにフォン・ヴェルダー将軍は着々とヴォージュ県北部の支配を固めて行きましたが、ブランヴィルからの鉄道線の破壊は、特にヴィルクール(エピナルの北33.5キロ)の東方、ラングレ(同北北西22.7キロ)、そしてエピナルの北郊外で激しく、軍団が前進後に修理を要するエピナルの南側でも、エルティニー(エピナルの南14.7キロ)付近やアイユヴィエ(=エ=リヨモン

同南南西29.3キロ)で橋梁が落とされ線路が撤去されていました

このため復旧にはかなりの時間と資材を必要としたため、フォン・ヴェルダー将軍は大本営の命令にある「ストラスブールから重砲を搬送してショーモンへの鉄道を阻塞するラングルを砲撃」するのは不可能と断じます

 これによりヴェルダー将軍はベルサイユ在の普大本営に対し「セーヌ上流域に向かう行軍はラングル経由ではなくヌシャトー(エピナルの西北西59.5キロ)を経由しショーモンへ向かうルートで行いたい」と請願するのでした

 トゥール~ヌシャトー~ショーモン~サン=ディジエへと至る鉄道線と街道は、パリ包囲網に至る独軍後方主要連絡線にも近く、ロートリンゲンとランス総督府隷下部隊の後援も期待出来るため、比較的安全に行軍出来る可能性が高かったことによる合理的な判断と言えます

 ところが普大本営はこれを却下しました

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普参謀本部によれば「敵は少数の正規軍を中核とした護国軍や国民衛兵、義勇兵の寄せ集めに過ぎず、今の独第14軍団の兵力だけでこれを壊滅させることは可能だ」ということで、当時ヴェルダー軍団と同等かそれ以上の兵力を持っていたカンブリエ将軍の仏ヴォージュ軍の能力を、独大本営は明らかに過小評価していたことが分かります

 大本営のヴェルダー将軍に対する回答は「直ちに直近の敵を攻撃せよ」という厳しいもので、将軍は顔を曇らせながらも命令に従うのでした

 独第14軍団がヴォージュ県を席巻している時、対するカンブリエ将軍は上アルザスの情勢に目を向けていました

 「ミュルーズとベルフォール間に独軍部隊が侵入し始めた」との情報を聞いたカンブリエ将軍は、「ヴォージュばかりを気にすると背後(オート=ソーヌやドゥー県)を突かれ、リオンへの連絡路を絶たれる」と考え、「ブリュイエールの戦闘」後にルミルモン(エピナルの南南東20.2キロ)付近へ後退させていた部隊を13日の夜、サン=ルー(=シュル=スムーズ

同南南西34.5キロ)とリュクスイユ=レ=バン(同南40キロ)に向けて更に後退させます

このため14日の早朝、ルミルモンへ偵察に出たBa第3旅団の前哨は全く抵抗を受けることなく市街へ侵入し、程なく到着した本隊はこの部落を簡単に占領したのです

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仏軍の散兵 エデュワルド・デタイユ このように仏軍が急速にヴォージュ地方を後にするのを知ったヴェルダー将軍は10月15日、大本営の命令に従って「直近の敵」を追い、一気にブズール(オート=ソーヌ県都

エピナルの南南西65キロ)まで前進することに決めました